10分でわかる世界史Bの流れ!古代ローマ文明(2)~熱戦!ポエニ戦争~

スキピオとハンニバルの戦いが熱いポエニ戦争!

【前回までのあらすじ】(1)ローマ共和政への道

前287年のホルテンシウス法によって、貴族と平民の身分間闘争がひとまず終了してローマの共和政が完成します。内政が落ち着いたことで、ローマの目は外へと向けられていきます。

今回は世界史3大熱い戦争のうちの1つポエニ戦争を扱います。

残り2つは何かって? ーA. 考えてません

古代ローマの征服都市の統治方法

ローマの民主化が整備され、内政が安定するに連れて彼らは外に目を向け始めます
イタリア半島での支配領域を着実に増やしていき、前272年にイタリア半島全域を統一しました

広大な土地の支配に成功した歴史上の征服者は、次に必ず広大な征服地の統治方法に頭を悩まされます。さて、古代ローマはどのようにして広大な征服都市を統治したのでしょうか?

イタリア半島の分割統治

古代ローマはイタリア半島という広大な地域を支配するにあたって、分割統治を採用しました

分割統治とは、征服都市を植民市、自治市、同盟市の3つのランクに分けて統治する方法です。都市のランクとしては、植民市>自治市>同盟市の順でレベルが下がります。

イタリア半島以外の属州の統治

ちなみにシチリア島やカルタゴなど、イタリア半島以外のローマの支配地域は属州と呼ばれます。属州は、分割統治ほどゆるくなく、多額のローマへの納税義務・軍役の強制などがありました

属州の拡大でローマはどんどん富める国となり、周辺国を次々と落としていきました

世界史三大名勝負の1つ、ポエニ戦争!

さてイタリア半島を統一したローマ人たちは、次の標的をローマの外の地域に移します

最初のターゲットはシチリア島やカルタゴなど地中海地域を支配していたフェニキア人たちでした

イタリア半島の次は、そこに隣接する地中海へと目を向けるのは当然ですよね!

フェニキア人たちは、前12cから地中海交易を支配している重鎮的な民族でした。ポエニ戦争では直接フェニキア人が出てくることなく、彼らの支配する植民市の1つカルタゴが出てきます

いきなりボス戦・・・というわけにはいかないのが歴史とゲームの共通点ですね笑

果たしてポッと出のローマ人が巨大都市カルタゴに勝てるのか・・・?それが3回に渡るポエニ戦争です!

前264年〜前241年 第1回ポエニ戦争

ローマ人、初戦から勝利!

シチリア島という、当時最大の穀物生産地を獲得しました。

兵站の面からもまずは、食料地域を確保するのは戦争の基本ですからね!

シチリア島はローマ最初の属州となりました

前218年〜前201年 第2回ポエニ戦争

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さてカルタゴ側も黙ってはいられません

第2回ポエニ戦争の戦いを指揮したカルタゴ側の名将ハンニバル

北アフリカにあるカルタゴから、西ヨーロッパのスペインへ渡り、そこを戦いの本拠地としました。そして前218年冬のアルプス山脈を越えて北イタリアへと侵入します

地政学上、普通に考えれば北アフリカから船に乗ってイタリア半島に上陸してローマを襲うのが定石ですが、ハンニバルは敢えてその逆をいきました

絶対に越えてこないであろう、アルプス山脈を越えてみせたのです!それが前216年のカンネーの戦いです!

この意表をつくような戦いかたに、ローマ側は対応できず虐殺にも近い戦いを強いられました・・・が、そんなハンニバルをも超える名将をローマ側も仕立てます

それが、当時齢わずか25歳であったスキピオです。彼は敵であったハンニバルを尊敬していたがゆえに、ハンニバルのローマ強襲の弱点も正確に見抜いていました

長距離間を陸で移動し、さらに山を越えてローマという遠くの国へと強襲に来るには、かなりの体力が必要です

そこでハンニバルらカルタゴ側は、スペインを後方支援の本拠地としていたのですが、スキピオはそのカルタゴ側のローマ強襲の本拠地を叩いたのです

これで勢いをつけたローマ側のスキピオはカルタゴ本土へむけて船を出し、圧勝します!
これが前202年のザマの戦いです。
ハンニバル側はゾウを使って奮闘しましたが、その弱点すらスキピオに見抜かれ敗北します

これにて第二回ポエニ戦争もギリギリローマ側の勝利となりました!

この後、ローマに負けたカルタゴは多額の賠償金を課せられ、ローマの同盟市になるよう強いられカルタゴ滅亡の一歩手前まで陥りましたが、敗戦の将ハンニバルはここでも活躍します!

彼は没落寸前のカルタゴの経済を再建させ、賠償金も全額完済しました

戦後処理まで完璧にやり遂げる将軍は歴史上かなり珍しいです!
ハンニバルこそまさに戦争の英雄といえますね!

前149年〜前146年 第3回ポエニ戦争

72790 (1) さて、第二回ポエニ戦争から50年ほど経過した頃、倒したはずのカルタゴは繁栄していました

これはローマ側からすると面白くありません

散々カルタゴにローマを荒らされ、倒したはずのカルタゴは繁栄している

この現状に異を唱えたのが主戦派カトー、戦争に消極的であったのはあのスキピオの孫であった小スキピオです

結局カトーの主張が通り、第3回ポエニ戦争が始まり小スキピオは戦場へと繰り出され、皮肉にも大活躍を果たしました

これによってカルタゴは壊滅し、ローマの属州となります

第3回ポエニ戦争は、カルタゴでの籠城戦となりました

籠城戦はどれほど食糧がもつかの持久戦でもあり、カルタゴ側に勝機はありませんでした

小スキピオはカルタゴの町が燃えゆく姿を見て、「現在栄華を誇るローマもいつかは同じ運命をたどるであろう」と手記に書き、悲嘆の思いを綴っています

(なんとなくここからfateのセイバーの姿が浮かんだので画像はセイバーです)

第二次ポエニ戦争にカルタゴ側で参加していたアルキメデス

archimedes

ここからは雑学的な蛇足です・・・

アルキメデスという数学者をご存知ですよね?

そうお風呂に入っていたら浮力の概念を思いついたというヘレニズム文化を代表する数学おじさんです!

そんなアルキメデスはポエニ戦争にカルタゴ側で参加していたのです!

彼はシチリア島出身でしたので、侵略してきたローマが当然憎いです

そこで、ローマの船を焼き払ってしまう熱光線を集める武器を開発したと言われています(名前はかっこいいですが、原理は虫眼鏡で黒い折り紙を焼くのと同じです・・・)

ポエニ戦争で活躍の一端を担ったアルキメデスですが、ポエニ戦争にて戦死します

彼は砂の上に数学図形を書いて、数学の世界に浸っていた所ローマ兵士がその図形を踏んだことに激怒したアルキメデスは、逆に殺されてしまいます

最後の言葉は「私の円を踏むな」・・・数学者らしい最期であったと言えるかもしれません

ポエニ戦争を題材にした漫画コミックがあるそうな

カルタゴ側のハンニバルとローマ側のスキピオの間の手に汗握る熱い勝負!が見られる漫画があるそうな

でもamazonレビューは微妙なので、ポエニ戦争の中身に本当に興味がある人だけどうぞ!

2 件のコメント

  • ローマの同盟市に大都市は存在している(カプアなどは同盟市でありながら有力都市) 植民市はローマ市民権所有者が植民してできた都市であることなどを考えると本文の内容は不適切ではないでしょうか?

    • 確かにカプアという都市は、紀元前338年にローマの同盟市になった有力都市のようですね。
      もう少し、ここらへんは勉強し直して書き直したいと思います。ご指摘ありがとうございます!

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