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アッシリア王国によるオリエント統一のその後
【前回までのあらすじ】(1)メソポタミア文明 (2)エジプト文明 (3)地中海東岸の3民族
かつて栄えたメソポタミアもエジプトもイスラエル王国も、み〜んな統一して「オリエント」としてまとめたアッシリア王国のその後を見ていこう!
まずオリエントってどこだよ?
はい、毎回恒例の場所を確認するコーナーです
その前にオリエントって何のことだかわかりますか?
オリエントとはラテン語で「日が昇るところ」という意味です。わけわかりませんね
つまり、日が昇る方角=東、
そしてラテン語が主に使われた古代ローマから見て東側にあたるのはエジプト・トルコ・西アジアなどの地域です
これらを総称してオリエントと昔から呼んでいるわけです
具体的には以下の赤線枠地域のことです(だいたいです)
古代オリエントを初統一したアッシリア
そんなオリエントですが、前7c前半にアッシリア(首都:ニネヴァ)という国に統一されます
このアッシリア歴史の表舞台に出るのは前7cですが、建国は前20cです
前15cからミタンニ王国に服属しますが、独立して強力な軍事国家を築き、気づけばオリエント統一です
なんとも、辛酸を嘗め続けさせられた国ですね。苦節13世紀で、ようやくオリエントでの覇権を手にしたわけです
そんな偉業を成し遂げたアッシリアですが、わずか80年足らずで滅亡します笑
大きくなりすぎた支配地域に多数の民族を抱えるとなると、統治をするのが大変なわけです
四王国が分裂した古代オリエント
アッシリアが前612年に滅亡した後、オリエントは4王国に分裂します
エジプト・新バビロニア・リディア・メディアの4王国です
地図で位置を確認しておきましょう
(お借りしたものですが、こんな綺麗な地図どんなソフトで作ったんだろ・・)
出典:http://s.webry.info/sp/33635090.at.webry.info/201104/article_7.html
新バビロニア(前625年〜前538年)
ここが4王国の中で最も栄え、強力だった国です
なぜだかわかりますか?
新バビロニア支配地域は「肥沃な三日月地帯」と重なりますよね
つまりは、最も食料が豊富で人が活気に満ちていたわけです
いつの時代も食料がないと国として強国になることは不可能ですからね
(現在は輸入などで自給しなくてなんとかなりますが有事の際はやはり自国で賄わなければなりません)
新バビロニアについては、
最盛期王ネブカドネザル二世が前586年ヘブライ人のユダ王国を滅ぼし、バビロン捕囚を行ったことが重要です
前回の記事でも少し触れましたね。
リディア(前7c〜前546年)
小アジア(トルコ)に栄えたリディアですが、大事なことは
世界最古の鋳造貨幣を使用した
ことのみです!!!!!
メディア(前8c末〜前550年)
インドヨーロッパ語族の、イラン人が建国した最初の国家です
まぁ、現イランにあるのでイラン人が建国したというのも納得ですね
(イラクとイランは現代史でもよく出てきますが、名前が似ていて場所が覚えられない!という方のために以下の画像を参照してください!簡単でしょ?笑)
アケメネス朝ペルシャによって再び統一されるオリエント
四王国に分裂したオリエントですが、
アケメネス朝ペルシャによって62年後に再統一されます
アケメネス朝ペルシャの建国者はキュロス二世で、
メディアを前550年に滅ぼした後、リディア、新バビロニアを滅ぼします
そして、二代目の王(カンビュセス二世)がエジプトを征服して全オリエントを再統一します
さてそんなペルシャ人の国ですが、四王国のどこから独立した国だと思いますか?
(既に出た情報から解ける問いなんですよ〜)
では答え!
ペルシャ=イランであり、メディア=イラン人初の国家であるならば、
アケメネス朝ペルシャはイラン人による国家でありメディアから独立したと推測するのは簡単じゃないですか?
世界史上、優秀な統治者の内の1人ダレイオス1世!
そんなアケメネス朝ペルシャの最大版図は、三代目ダレイオス1世の時代です
彼は西はエーゲ海北岸から、東はインドのインダス川にいたる大帝国を建てます
ダレイオス1世の統治
ダレイオス1世はその支配構造がアッシリアに比べて優秀で、
全領土を20の州に分けて、各州にサトラップという知事のような役割を置き中央集権体制を確立します
他にも、サトラップを監視する第三者の目が必要なため「王の目」「王の耳」という監察官を設け、
更にトルコにあるサルデスから首都スサまでの約2500kmを王の道と称し途中に111もの宿駅を設けた駅伝制が整備しました
(更にいうとアッシリアの服属民への圧政による統治の失敗からペルシャは多民族に対し寛容でした。アラム人やフェニキア人の交易活動も保護し、アラム語に至っては公用語にしています)
ペルセポリスの建設
更にダレイオス1世は、行政を行う首都スサとは別に神事を行う王都としてペルセポリスを建設します
広大なアケメネス朝の支配下に置かれた各地域からの使節団を迎え入れるため、華美荘厳な出で立ちであったと言われていますが、後にアレクサンドロス王によってボコボコにされて今は無残な有様です・・・
ちなみにダレイオス1世はギリシャと前500年からペルシャ戦争を開始します
(この点はギリシャのところで詳しくやります!)
ペルシャ人の開いた宗教、ゾロアスター教
ペルシャ人が開祖した宗教にゾロアスター教があります
聞いたこと・・・ないですよね?笑
またの名を拝火教(はいかきょう)という、厨二チックな名前で人気の?宗教です
光明・善神アフラ・マズダと暗黒・悪神アーリマンの闘争から世界を捉えようとする宗教で、
善悪二元論や最後の審判思想などの考え方がユダヤ教やキリスト教の成立に影響を与えています
★最後の審判思想とは、現世での行いによって天国か地獄に行くか決まるという考え方です
オリエントの統一についてのまとめ
古代オリエントの流れ
アッシリア(前7c前半)→4王国分立→メディアから独立したアケメネス朝ペルシャ(前550年)
アッシリア:オリエント初統一するも統治失敗しすぐ滅亡
リディア:世界最古の鋳造貨幣
新バビロニア:ユダ王国滅ぼしバビロン捕囚
アケメネス朝ペルシャ:キュロス二世が建国し、二代目がオリエント統一
三代目ダレイオス1世:
サトラップ、王の目・王の耳、王の道での駅伝制、服属民への寛容な政策、交易保護、ペルセポリス建設、ペルシャ戦争開始