10分でわかる世界史Bの流れ!オリエント世界(1)~メソポタミア文明~

【センター世界史対策】世界史の始まりの地メソポタミア

メソポタミア文明とは?

さて、本題ですが今回はメソポタミア文明について解説していきます

メソポタミア文明は、現在のイラク、ティグリス川ユーフラテス川の間で発展した世界最古の文明です

euphrates-tigris-valley-map

場所で言うと、上記の青い2つの川の間ですね。今で言う、中東地域です。

この地域は肥沃な三日月地帯と言われているほど、作物がよく育つ場所でした

なぜこの地域は肥沃な土地なのでしょうか?

それは、ティグリス・ユーフラテス川が春から初夏にかけて氾濫し、肥えた土を運んでくれていたからです

川の氾濫が土地に恵みをもたらすのは、エジプトのナイル川も一緒です

世界史上、初の文明形成者、シュメール人!

そしてこの地域で紀元前3000年前から農耕を行っていたのがシュメール人たちです

彼らはウルウルク・ラガシュなどの都市国家を形成します

★都市国家とは:たくさんの集落が連携しあって形成する集団のこと。古代の都市国家は今で言う村落社会のような小規模なもの

世界最古の文字、楔形文字

またシュメール人の凄いところは、川辺の粘土を乾燥させてできた粘土板に楔型文字を残したことです。これは世界最古の文字として知られています。
文字は円滑な情報伝達を可能にしますから、大規模な都市国家には必要不可欠だったのでしょう
(ちなみに、楔形文字の「楔」の文字に注意!契約の「契」ではありません)

神権政治

また、シュメール人国家は神権政治、つまりは神や占いによる決定を信じて政治にも活用していました(運任せで政治を決めてしまうという今では考えられない世界です)

60進法とは?

さらに数字は60進法で表記するようにしました

60進法をはじめとする、「進法」の概念ってわかりにくいですよね。
僕らが普段使う数字(アラビア数字)は、0〜9までが1つの記号として存在しますが、10は「1」と「0」の記号の組み合わせで示される数字なのです。
つまり、アラビア数字は10進法だということです。

一方の、60進法は時間の概念などで未だに使われていますね。
60進法は、0〜9のような記号が60個あるということです。

800px-Babylonian_numerals.svg

太陰暦

更に、シュメール人は月の満ち欠けから年月を計算する太陰暦を採用し、7日を一週間、12ヶ月を1年と定めました。

暦についてもわかりにくいので補足します。
古代文明において、人類は生きるために植物を育てていました。植物は、移りゆく気候によって育ち方が変わるので、気候を正確に捉えることは非常に重要です。

そして人類は、なんとなく気候にはパターンがあることに気づきます。季節の発見です。
その季節の移ろいを正確に知ることができれば、計画的に農業ができるよね。ってことで季節のパターンを1年間という数字で表そうとしたのが暦です。
太陰暦は、その1年間を月の満ち欠けによって把握した暦ということです。

ジッグラト

T641473A

また、彼らはジッグラトと呼ばれる王の力を誇示する塔を建設しました(保存状態がいいものとしては、現イラクに都市国家ウルの遺跡があります)

ギルガメッシュ叙事詩

そしてそのシュメール人の王として有名なのがギルガメッシュ叙事詩の中で語られる、
ウルク王ギルガメッシュです

ギルガメッシュ叙事詩とは、ウルク王ギルガメッシュの英雄譚です。旧約聖書のノアの方舟の原型である洪水伝説や、ジブリのもののけ姫の原型と言われている森林破壊のお話が載っています。
女神と人間のハーフで半神半人の物語の主人公であるギルガメッシュは、実在した王をモデルにしたのではないかとも言われています

シュメール人を滅ぼしたアッカド人

そんな非常に優れたシュメール人でしたが、セム系のアッカド人に簡単に征服され、
あちこちに乱立していたシュメール都市国家をまとめ上げ、前24c頃メソポタミア初の統一国家を建設しました

しかし、アッカド王国は11代(180年)続いた後に、再びシュメール人が独立します!
(・・・が、100年ほどで滅びます)

アッカドに関しては覚えることは少ないですね

アッカド王国に続きメソポタミアを支配した、バビロン第一王朝

アッカド王国に続き、メソポタミアの地にセム系アムル人によってバビロン第一王朝(古バビロニア王国)が栄えます(前1894〜前1595年頃)

ハンムラビ法典

Milkau_Oberer_Teil_der_Stele_mit_dem_Text_von_Hammurapis_Gesetzescode_369-2有名なのは第六代ハンムラビ王です。
彼はシュメール地方における、法律を集大成した成文法、ハンムラビ法典をまとめあげます
(要はこれまでの法律情報をまとめ、明文化した)

特に刑法において、同害復讐の原則と、身分による刑罰の差を定めたことが重要です

★同害復讐の原則とは:「目には目を歯には歯を」で有名ですが、要は誰かに悪いことをしたら、自分がした悪いことが跳ね返ってくる、人を殺したら自分も死ぬ、ということです。
シュメール人やアッカド人など様々な民族が溢れたバビロン第一王朝では必要な法律だったのでしょう

★身分による刑罰の差とは:上記の同害復讐の原則は、お互いの身分が同等の場合のみ適用されます。身分が低いものは、高いものよりももっとひどい刑罰を受けるということです。

ヒッタイト、ミタンニ、カッシート!!!

ヒッタイト

そんなバビロン第一王朝も、前17c頃アナトリア高原(現トルコ)に王国を立てたヒッタイト(インド=ヨーロッパ語族)によって前16c頃滅ぼされます

彼らの強さはなんといっても鉄製武器を人類史上最初に使用したことと、馬を使った戦車ですね!圧倒的な強靭性のある武器と、機動力で敵を次々と蹂躙していきます

ミタンニ王国

ヒッタイトによるバビロン第一王朝滅亡後、
前16c頃ミタンニ王国がメソポタミア北部から現シリアを征服しますが、
前14cにヒッタイトに敗れて衰退し、のちにメソポタミアを統一するアッシリア王国に併合されます

カッシート王国

さらに同じ前16c頃ティグリス・ユーフラテス川の中・下流域のメソポタミア南部でカッシート王国が栄えますが前12cに滅びます

前7c アッシリア王国がオリエント統一!

続いて、このメソポタミア地域では前15cからミタンニ王国に服属して影をひそめていたアッシリア王国が独立し、前7cに古代オリエントを統一します。
アッシリア王国のオリエント統一以降の詳しい解説はこちらの記事で!

メソポタミア文明についてのまとめ

見ていただいた通り、メソポタミア文明では様々な民族が支配を確立しあうほど入れ替わり、戦争が激しい土地でした

なぜならメソポタミアは広大で平坦な陸続きの開放的な地形であったためです

ゆえに多民族の侵入が容易で、戦争が起きやすく、王国の入れ替わりも非常に多いです

シュメール人→アッカド王国→古バビロニア王国→ヒッタイト(ミタンニ・カッシート)→アッシリア王国

の流れでこのメソポタミアの支配者は移ろっていきます

メソポタミア人は宇宙人説!

ちなみに、シュメール人を描いた彫刻があるのですがめちゃくちゃ怖いです笑

目が異様に大きくて堀が深く、鼻は高くて髭が濃ゆい男子像があるのですが・・・

800px-Mesopotamia_male_worshiper_2750-2600_B.C

上の写真はまだマシで、ググればもっと怖い画像がでてきます・・・

シュメール人よりも前の文明が発掘されていないので、どこからやってきた民族なのかわからず、高度な天文学や医療知識も持っていたので宇宙人ではないか?という説まで出ているほどです笑