10分でわかる世界史Bの流れ!中世ヨーロッパ(6)〜十字軍の歴敗〜

みんな大好き十字軍!聖地奪還失敗の歴史

今回は、みんな大好き十字軍をわかりやすく解説していきたいと思います!「キリスト教徒による、聖地の奪還!イスラム教徒VSキリスト教徒!」という印象が強いですが、実際の内容はもうひどいものです。ほんともうやりたい放題です。

基本的に、多くの人はこの段階でキリスト教徒というかヨーロッパが嫌いになり始めます

十字軍が始まった背景を解説

そもそも十字軍とはなぜ始まったのでしょうか?ポイントとしては2点です

聖地巡礼の流行
農耕技術の発達による人口増加

十字軍が始まった理由1 聖地巡礼の流行

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まず、聖地巡礼に関して言うと11c12cにヨーロッパにて聖地巡礼が大流行します。
特に人気だった地こそ、イエス・キリストが十字架に貼り付けにされしイェルサレムです。かの有名な「ゴルゴダの丘」がありますね。

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そんなキリスト教の聖地イェルサレムですが、11c12c当時はイスラム教国家の勢力下にありました。

638年、ムハンマドの死後すぐ、イェルサレムはイスラム勢力下に置かれます。(それまでは、ビザンツ帝国の支配下でした)

というのも、イェルサレムはイスラム教徒にとっても聖地なのです。ムハンマドが、天使ガブリエルとともに昇天した場所として有名です。そして第三のイスラム教の聖地として岩のドームが建設されます。

キリスト教会側にとって、聖地巡礼が流行るのは嬉しい限りですが、イェルサレムはイスラム勢力下にありましたから、巡礼しようとするキリスト教徒は常に危険が伴いますよね。

そこで、キリスト教徒の聖地への巡礼を守ってあげようという気運が高まります。が、その話が行き過ぎて十字軍による聖地奪還にまで話が進んでしまうのです。

十字軍が始まった理由2 農耕技術の発達による人口増加

次に、農耕技術の発達に関してです。
重量有輪犁(じゅうりょうゆうりんすき)という、鉄で作られた車輪の犁で農地を効率的に耕せる技術。
三圃制という、耕地を春用・秋用・土地を休ませる用の3つに分割させて効率よく農業を行う方法。

この2つによって中世の農耕は大きく発展します。
そして、食糧が増えると当たり前ですが人が増えます。それも爆発的に増えますね。

農業が効率的に行えるようになり人口が増えると、農業に人の手がこれまでよりも必要なくなります。
具体的には、「長男は家業を継がなきゃダメだけど、次男以降は好きにしていいよ〜」って家庭が増えるわけです。

そんな多くの次男たちの働き口こそ、十字軍へと向かう騎士の職です。

当時の騎士といえば、憎きイスラム教徒たちをぶっ飛ばす憧れのヒーローのような目で見られます。親への顔向けとしても抜群の働き先です。

このようにして人あまりのパワーが多くの騎士を生み出して、その力を聖地奪還へと向けてしまったのが十字軍の遠征です。

十字軍の始まり

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例の叙任権闘争後、神聖ローマ皇帝ハインリッヒ4世に追われてしまった教皇グレゴリウス7世に代わり、教皇にはウルバヌス2世が即位しています。

そんな頃、ビザンツ帝国がイスラム側に小アジアを奪われてしまったため、西側の教皇に助けを求めます。それを受けたウルバヌス2世は、1095年のクレルモン公会議にてヨーロッパ諸国が連合して十字軍を組織し聖地イェルサレムを奪還することを提唱します!

ここから全7回の十字軍の迷走が始まるのです。今回は教科書通り有名な2つをご紹介しましょう。

第一回十字軍(1096年〜99年)

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なんと、いきなり聖地の奪還に成功です!1回目にして目的を達成です!バンザーイ、もうこれで十字軍はオシマイ!・・・になればなんてよかったか。

第一回十字軍がセルジューク朝からイェルサレムを奪還し、イェルサレム王国を建国します。

が、せっかく立てた王国もちびちびとイスラム教側に領土を奪われていきます。第二回十字軍は大失敗。

1187年に、イスラムの武雄サラディンがイェルサレム市を奪還します。サラディンはファーティマ朝を滅ぼしてアイユーブ朝を建国しています。彼は非常に人格者と知られていて、敵である英王リチャード1世が病気に伏した際に見舞い品を贈るほど律儀な男です。

サラディンのイェルサレム王国への進出に対して第三回十字軍が組織されます。
先ほどの英王リチャード1世、またの名を獅子王。神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世、またの名を赤髭王。フランス王フィリップ2世、またの名を尊厳王。

3人の強そうな男たちですが、赤髭王は溺れて死に、尊厳王は獅子王と喧嘩して帰宅、獅子王一人孤軍奮闘するもサラディンからのイェルサレム奪還はかなわず、和平を結び終了します。
異名がこれほど無意味に発揮されないなんて、悲しいですね。3人とも覚えなくて大丈夫です(笑)

第四回十字軍(1202年〜04年)

さぁ、いよいよ悪名高き第4回十字軍に入ります!

さっきの神聖ローマ皇帝の赤髭王が溺死したことで、対するローマ教皇インノケンティウス3世の力は絶頂期!誰も文句を言えない存在になっています。

彼の強権によって第4回十字軍が組織されます。軍隊を海上で運ぶのは、ヴェネツィア商人たちです。最初はイェルサレムへの聖地奪還を目的に意気揚々と進んでいましたが、商人に対し運賃が払いきれないことが発覚すると商人たちは

「ほな運賃代わりに、いっちょコンスタンティノープルでも陥落してもらおか?( ・´ー・`)」と、大阪人も顔負けの交渉術で軍隊にコンスタンティノープルを攻め入ることを強います。ヴェネツィア商人にとってコンスタンティノープルの商人は、同じ地中海でしのぎを削る商敵だったのです。

同じキリスト教徒から攻撃を受けると思っていないビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルは陥落します。十字軍やヴェネツィア商人はこの時、人としての倫理を外れたありとあらゆる悪逆を尽くします。詳しくはwikiで。

こうしてコンスタンティノープルには、なぜか十字軍によってラテン帝国が建てられることになります。

第五回十字軍は現代の外交らしく話し合いでの解決を試みるも失敗、第六回十字軍、第七回十字軍も敗退&疫病の蔓延で失敗し、これにて十字軍は閉幕します。
これが、世界史で語られる十字軍です。結果、何も得られず西側諸国では疲弊だけが残りました。
テンプル騎士団とかヨハネ騎士団とか厨二なカッコいい騎士団の活躍も描かれずに終わりです(笑)

十字軍の失敗によるヨーロッパへの影響

非常に大事なのが、十字軍の失敗による影響です。

✔まず十字軍を組織した教皇の力が大きく衰退します
✔戦争を直接指揮したヨーロッパ各国の王の力が強まります
✔戦争によって東西の交易はダイナミックに進み、ヴェネツィア商人による東方貿易が盛んに行われるようになります。特に香辛料が人気で、保存のために塩漬けにされた肉を美味しく食べるための必需品でした。(ちなみにヨーロッパには自生しない)